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正伝寺の庭。比叡山の借景に、時を忘れて。

写真/齋藤ジン

 

静謐と忘我の果てに現れるもの

枯山水、己との対峙

室町時代、禅宗寺院を中心に進化を遂げてきた枯山水。己の内面を問い、心の在りようを模索する僧侶たちの修行の場に、枯山水は存在します。また一方で、庭だけでなく芸術や音楽、ファッション、インテリアなど、様々な面においてシンプルであったり、ミニマルであったりといったものを好む傾向のある私たち日本人――。枯山水の心地良い静寂の向こうには、己に問いかける自身の内なる声が響きます。

本誌『Kanon』Vol.15では、東福寺方丈庭園、正伝寺、大徳寺龍源院の枯山水を紹介。美術家・重森三明の寄稿文『日本人が枯山水に惹かれる理由』も掲載します。

「…人と外の世界を結びつけ、調和を図ってくれる、大切な存在。枯山水は、今日もなくてはならないものであると思う」(重森三明)